主人公は、人とのコミュニケーションが苦手だが、「胎児の声が聴こえる」という特殊能力を持った産婦人科医師・橘継生(たちばな・つぐお32歳)。 ある時、勤めていた博愛大学病院で担当した患者が“産後うつ”が原因で自死。残された日記に継生の名があったことから、あらぬ汚名を着せられ、メディアからのバッシングもあり、継生はドロップアウトしてしまう。 病院を退職し、失意にくれていた継生は、同じく産科医で小さな医院を営む母・久美子の勧めもあり、実家へと戻る。しかし、思ったことを口にしないと気が済まない性格の久美子の元で、継生はさらに殻に閉じこもるようになってしまう。見かねた久美子は産科クリニック「尾音(おね)産婦人科」を営む旧友・柳幸雄に継生を預ける。 心機一転、都心から車で1時間ほど離れた海沿いの町「尾根市(※架空の町)」にある小さな産科クリニックでやり直す事になった継生。しかし初日から「陣痛の波に一緒に乗る」と言って妻の横でサーフボードに乗る夫、それを楽しげに受け入れる柳幸雄院長、さらに、分娩後にスタッフたちがアカペラで「ハッピーバースデイ」を歌い、祝う姿を見て、「安全に産ませる」ことしかしてこなかった継生は大きな衝撃を受ける。 |
イラスト:鈴ノ木ユウ(『コウノドリ』) ※表紙イラストの他、冒頭にカラーによる登場人物7人のイラストが入り 本編内にも約10点の鈴ノ木ユウ氏による挿絵が入ります。 |
さらに、来院中に破水してしまった妊婦を「お姫様抱っこ」で抱えて走ってきたのは、身長が190センチ以上はある「オネエ」の助産師、望月ケイ(通称: おケイ)だった。 院長室でプロテインを飲みながら筋トレをする院長に問いただすと、自身はゲイであり、トランスジェンダーの臨床心理士やレズビアンの助産師など、尾音産婦人科のスタッフのほとんどがセクシュアル・マイノリティ(性的少数者)で、尾根市の住民からは「オネエ産婦人科」と呼ばれて親しまれていると言う |
驚き、動揺する継生だったが、柳院長から「君はこのクリニックでやり直せる。一緒にがんばルンバしよう!」と言われ、残ることを決意。働いていくうちに、「オネエ産婦人科」が、スタッフのジェンダーに関わりなく、妊産婦から「心に寄り添ってくれる産婦人科」として絶大な信頼と人気を得ていることが分かって来る。 |
ある時、やってきたのは、太ももの内側に「ひろし命」と前の前の前の恋人の入れ墨をいれている19歳の妊婦・茨城春香。 |
※左から主人公・継生、オネエ助産師、ゲイの院長、元女性の医師、レズビアン助産師。アカペラが物語を盛り上げる。 |
(ママがしんぱい) と繰り返す。しかし、オネエ助産師のおケイが、まるで母親のように寄り添ううちに、自分の親を否定していた春香の心は次第に溶かされていく。 また、ある時、1人目で“産後うつ”を経験し、その苦しみを2度と味わいたくないと堕胎を希望する妊婦・杉浦優子がクリニックを訪れる。“産後うつ”になって自殺した患者が原因で引きこもっていた過去のある継生は、大きなトラウマがよみがえってしまうが、院長をはじめ、オネエ助産師のおケイやその他のスタッフに助けられながら、担当を続けることになった。 優子の“産後うつ”の傷、そして孤独な子育てによる身心の疲弊は、継生の想像をはるかに超えるもので、優子はなかなかお腹の子を受け入れない。お腹の赤ちゃんは (ママはぼくとの“やくそく”を思い出してくれるはずです!) と言い続ける。 「オネエ産婦人科」の大きな特徴でもある、男性として生まれたものの心は女性であるMTF(Male To Female)の臨床心理士による「よりそいケア」と呼ばれるカウンセリングを通じて、優子は、自分と、夫と、そして、親との関係に向き合っていく。 それは同時に、継生にとっても、自分自身、そして母親との関係に向き合うことになっていた。 実は継生には、母親の久美子に抱きしめてもらった経験、自分は愛されている、という実感がなかった。優子夫婦の「よりそいケア」を通じて、自身の心の奥深くに潜んでいた母親との葛藤、「愛してほしい」、「褒めてほしい」、と願いながらも、厳しく育てられ、母親の言う通りにここまで来た現実にも継生は気づいていく。 |
ある時、母親の久美子から電話が入る。内容は母の医院で新しいドクターを雇うことになった、というものだったが、自分が跡継ぎであると自負していた継生の心は傷つき、母親とは距離を取ることを選ぶ。 |
おしゃべりで自称「イクメン」、妻・優子の気持ちが全く分からない「勘違い夫」浩平との「よりそいケア」は複数回に及ぶが、優子は少しずつ家族の絆を取り戻していく。 そして出産。優子は異常な痛みを表し、お腹の子は(くるしい! 助けて!)と継生に助けを求めてくる。継生は人知れず、優子が重篤な状態であることを察知するが……。 |