私には先天的に子宮がなく、膣もほとんどありません。
辛いけれど、最後はハッピーな話です。
読んで、こんな私のことを知っていただければ、嬉しいです。
大学3年のある日、大学病院で
「妊娠できない体」
だと知らされました。
疾患名は、ロキタンスキー症候群(MRKHまたはMRK)。
5000人に1人の割合で生まれるそうです。
私の染色体、外見、心、しぐさ等は、全て女性です。
四肢もあり、普通の知能で、健康的に仕事、家事、
資格取得のための勉強をこなす34歳です。
「子宮・膣欠損」は、人間として、女として辛いです。(涙)
この疾患を告知されたときは、そんなに辛くありませんでした。
まだ学生で「子宮や膣がない」ことが、どんなことか実感できなかったからです。
けれど、
最愛の人を見つけてから、辛くなりました。
子どもを産めない私が、この人といて良いのだろうかと思いながらも、
好きな気持ちを抑えられない辛さ。
お互いの気持ちが深まれば深まるほど、私はこの人を幸せにできないと思う辛さ。
幼い頃から、子どもが大好きな私。時折、子どもを産みたいという衝動にかられる。
まるで、性欲に似た症状に似ている。産みたくても産めない辛さ。
夫と手を取り合えば、大抵のことは二人で築くことができる。
でも、愛の結晶の子どもだけは、授かり物。
どんなに深く愛し合っていても、授かり物だけは、自分達でどうすることもできない。
愛し合っている二人なのに、愛の結晶をいただけない辛さ。
子持ち、妊婦、不妊には、精神面または経済面で何かしらのサポートがある。
元から子どもが絶対に出来ない私は、生死にかかわる問題だから
と言う理由で軽視されている。
自ら諦める道を進むしかない、自らの道を切り開く辛さ。
「健康なのだから、強く生きろ!」と言われても、
あるべき物が欠損していることは、充分過ぎるほど辛いのに。。。
こんな私でも、辛さを乗り越え、今は幸せをつかんでいます。
その幸せをくれたのは、姪や甥っ子達とそのママでした。
一人目の姪が生まれた直後に病院へ着いた爺婆と私。
全く予定していなかったけれど、生まれたばかりの姪と「分娩室」でご対面!
病院とママに感謝☆
クチャクチャの顔で、あくびをしたり、手を開いたり、あんよをばたつかせたり、
無条件でかわいいと思えた姪に会えたその瞬間、
心の中の何か堅い物が一気に取れました。
その後も、お宮参りをしたり、おひな様をしたり、おむつを替えたり、
食事をしたり、買い物にいったり、救急病院に駆け込んだり、公園へ行ったり、
幼稚園の制作展へ行ったり、ケーキを作ったり、
ママがいない間お留守番を一緒に頑張ったり、もう一人の姪が生まれたりと、
彼らと多く時間を過ごしましています。
ママに大感謝です!
なぜ生まれなければならなかったのかと問い、
一時は自殺することばかり考えていた私。
それでも、姪や甥たちに出会ったことで、自分の欠点に執着することなく、
新しい幸せを見つけるために、生きることが出来るようになりました。
私の命を守ってくれた新しい命達とママに、「心からありがとう~」を言いたいです。
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映画『うまれる』の体験談より
http://www.umareru.jp/experience/26-all-comment-t.html
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