普通に妊娠して普通に子供が生まれると思っていた私。
3年前の5月、子宮内胎児死亡により23週で男の子を死産しました。
「死産」と言う言葉をどこかで聞いた事があったものの、
まさか自分におこるとは思ってなかった。
ラミナリアの痛みに、泣き声の聞こえない出産の辛さ、
そしてみんなから言われた一言、
「赤ちゃん死んじゃった。どうして?」
(夫の知的障がいのあるいとこから言われたこと)
「あなたいくつ?若いんだから、また産めるでしょう?」
(同じ病室だったおばさんに言われたこと)
「何で教えてくれなかったの。友達じゃん?」
(友達から言われたこと)
「早く忘れた方がいい。忘れなさい。」
(姑•親戚•色々な人から言われたこと)
中でも一番辛かったのが火葬の日の姑の遅刻•••
夫と姑を駅まで迎えに行く事になっていて、
待ち合わせ時間から一時間たっても来ず、
遅刻してきたにもかかわらず言い訳をする姑。
結局、そのせいで火葬時間にギリギリになって
最後のお別れもできずに火葬したこと。
その後、二人の子供を授かる事ができ、
姑に子供を会わせる度にその事を言われます。
同じ子供を生んだ母親とは思えず、許せないとは思いながら、
二人の子供にとってはおばあちゃんであり、
私が会わせたくない気持ちは子供に関係のない事、
と自分に言い聞かせながら、いまだに自分の中で葛藤しています。
ただ一つ言えるのが•••辛かった事や悲しかった事ばかりではなく、
亡くなっていたけどあの子に会えた事、死産を通して色々な経験ができた事は、
私にとって必要な経験だったと、今ではそう思えます。
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映画『うまれる』の体験談より
http://www.umareru.jp/experience/
※ 2013年8月より、新たに、
「子育て」「パートナーシップ」「血のつながりのないご家族」
「愛着障がい・親子関係」「闘病」「介護」「看取り」のカテゴリーを追加いたしました。
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