「卵で産めたらいいのに。」
そういったのは私でした。
妊娠したよろこびは確実にありました。仕事ばかりしていて、
産前産後の休暇がもったいないとさえ思いました。
予定日3か月前。
初めての妊娠で何が正しくて、
何がおかしいのかわかりませんでした。
「お腹がキューってかたくなるんよ。」
「ちょっとお腹が小さくなったと思うんだけど。」
そんなものだと思っていました。
次の検診日は4日後。
「その時に見てもらえばいいわ。」なんて軽い気持ち。
でも周りの反応が違った。
とうちゃん。
「病院いけ。」
わたしのかあちゃん。
「昨日夢みたんよ。元気な男の子だったから。しんぱいせんでええ。」
大事なしごとがあるのに。。。
いつも行っているクリニックへ。
「すぐに大きい病院へ。」
「迎えにきてくれる人いる?」
総合病院は歩いても行ける距離。
「自分で行きます。」「だめです」
人生で味わったことのない混乱。
とうちゃんに電話。
「これから産むかもしれんけど、大丈夫だから。
こなくていいから。」
わたしのかあちゃんへ。
「病院へ自分で行ったらいけんっていうんよ。迎え来てくれる?」
パニックという言葉以外にはありませんでした。
そして。
これから産むことになります。
父ちゃん到着。
でもNICUのベッドがあいていないので、
救急車で別の病院へ。
救急車の中。
(ドクターへ)「もう産む?」
「たぶん、産むことになります。」
まだ。まだ。まだ。まだ。とういう思いしか。
いわゆるインフォームドコンセント。
最悪の状況を伝えられました。
でも私たちは、現実逃避。
「仕事の調整するから」
「ベッドの上で3か月私もつかな。」
「仕事の書類持ってきてくれる?」
病院到着後48時間。
「これから産む準備に入ります。」
看護師さんから。
「お父さん泣いてたよ。お母さん強いね。」
強いわけもなく。
現実がわからない。
父ちゃんは手術のサインさせられたからね。
そこから、私が本心ではなく希望していた卵での出産。
まだまだ育っていない我が子。
保育器という卵の殻での3か月。
毎日、乳を運びました。
新しいお乳を。
たくさん飲んで。
お願いだから飲んで。
たくさんの管が。
一つずつ。
一つずつ。
取れていくことを喜びとする3か月。
卵で産みたいなんて言わなければよかった。
わたしのおなかの殻の中で育ってくれればよかった。
私が言わなければ。
私がもう少し。。。。。。。
後悔は断ちません。
たくさんのたくさんの方のサポートのもと
今は元気に保育園は通っています。
あの日のあの時のことを忘れてしまうほどに。
生まれてくれる喜び。
生きてくれる喜び。
ありがとう。
忙しい日常で忘れてしまいますが。
やっぱり。
産まれてきてくれてありがとう。
(投稿者:いそぜさん)
=========================
★ 映画『うまれる』の体験談より
http://www.umareru.jp/experience/
★ 「子供がうまれる」に関するブログはこちら
http://www.umareru.jp/blog/cat99/
【皆さまの体験談を募集しています!】
体験談を書く事を通じて自分自身に向き合う事は、
癒しのプロセスの始まりでもあり、
自分の中に新しい何かが生まれる可能性を秘めたものでもあります。
ぜひこの機に、人生で大きなインパクトを残した体験や、
今まさにインパクトを残しているご経験を振り返り、
新たな「誕生」を迎えていただければ幸いです。
体験談ページより、投稿いただけます!
★上映会開催費が【50%OFF】!夏休み特別企画 大好評受付中!
http://www.umareru.jp/blog/2018/04/27.html