守本良平くんは14歳の時に急性リンパ性白血病と診断され、
約7年後の2010年10月5日に病との闘いを終えて旅立ちました。
亡くなられて9年の年月が流れましたが、
何年経とうと、ご家族の悲しみはなくなることはないと思います。
毎年、10月5日になると、書かせていただいているブログで、
今年で9回目になりますが、今年も良平くんの命日に、
お母さまのお手紙をご紹介させていただきます。
愛する我が子、大切な人との時間を過ごすことの意味を伝えてくれます。
僕は毎年拝読して、いつも心を浄化してもらっています。
ぜひ読んでください!!
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良平、
あなたが生まれてきた日
お母さんは本当に大変だったのよ。
前の日に「なんちゃって陣痛」が来て入院して、
出産の準備が全部できた途端に陣痛が消えて・・・
お母さんは病院の階段を登ったり降りたり必死になって。
夕方には疲れきって「家に帰る~~」と駄々をこね、
お父さんに連れて帰ってもらったのよ。
翌日の朝方、今度は本物の陣痛が来て病院へダッシュ!
朝9時、あなたは元気に生まれてきた。
1歳になるまで、夜は泣きぐずりが酷かったよね。
お母さんが抱っこしてればスヤスヤ眠るのに、
そ~~っとお布団におろすと泣いて起きてしまって・・・
眠れないのは辛くても、あなたへの愛は濃くなる一方で、
お姉ちゃんとあなたの二人の子供がたまらなく愛しくて、
毎日が幸せで幸せで・・・・
家族で出かけてカメラを忘れたとき、
「心のシャッター!カシャ!!」って
お姉ちゃんと二人できれいな景色を見つけるたびに
楽しそうに、心のカメラで写していたね。
お母さんの心のカメラにも
あなたの姿がいっぱいいっぱい写ってる。
にこにこ顔の良平が一番多い?
ううん、お母さんのアルバムには
泣いてる良平のほうが多いかもしれない。
生まれてからの1年間、小さかった頃の泣き虫の良平。
お母さんにしがみついて泣いてる姿。
どれもが愛しい思い出のシーンだよ。
あなたはいつもお母さんの側にいてくれた。
買い物に行っても荷物を全部持ってくれようとして
小さいからだがヨタヨタして(笑)
「お母さんが持つから」って言っても
「大丈夫!!」って頑張ってくれてたよね。
叱られたこともいっぱいあったね。
お姉ちゃんと二人で喧嘩して、言う事を聞かなくて
「あなたたちがそんな子になってしまったのは
お母さんの育て方が悪かったのね、だから
お母さんは失格だから出ていきます」って、
お母さんが家を出ようとしたら大泣きして
「ごめんなさい~~~~!!!!行かないで!!!」
ってお姉ちゃんと二人で必死にお母さんをつかんで。
自分が悪かったと反省もしてくれたけど、
そのあとに言った言葉でお母さんはズッコケちゃったよ。
「お母さんがいなくなったら誰がご飯作るの?」
私は、まかないのおばさんか!って突っ込みたくなっちゃったよ
友達と出かけて、帰りに迷子になって、
待てども帰らないあなたを案じて
そろそろ警察に届けようかと思った頃
とんでもないところの食堂に保護されてて、
電話であなたが無事だと聞いたときの家族の大喜び、
あなたに見せたかったな。
お姉ちゃんなんか、心配しすぎて怒り狂ってたし
迎えに行ったら、大人に囲まれてお茶を飲んでて
それでも、お母さんの顔見たらグシャって顔が崩れて
「お母さ~~~ん!」
って飛びついてきて
やっぱり大泣きしてたね。
「あらあら、今まで泣かずに頑張ってたんだね」
食堂のおばさんやおじさんが笑顔になって、
たくさん褒めてもらってたけど、
お母さんの腕の中のあなたは泣きじゃくっていて、
やっと泣き止んだ顔を見たら結構泥で汚れてた。
迷子になって必死に歩いて、必死に家を探してたんだね。
今でもあの食堂の前を通ると
胸がぎゅ~って苦しくなるよ。
元気で飛び回っていた頃のあなたの姿が浮かぶから。
病気になってから、あなたは泣かない子になった。
どれほどの我慢と、どれほどの決意を持っていたのだろう。
でも、家族やスタッフを心から信じてもいたんだよね。
いつも家族で一緒だったね。
どんな時でも一緒だったね。
最期の最期も、一緒だったね
良平
お母さんはあなたのお母さんになれたことを
心から誇りに思っているよ。
あなたが生まれてきてくれたこと、
たくさんたくさん愛させてくれたこと、
今でもこれからも愛し続けていけること
心から、心から感謝してるよ。
私の子供になってくれてありがとう!
お母さんは毎日あなたを思って泣いています。
あなたに会えないこと、
あなたのぬくもりに触れられないこと、
あなたの声が聞こえないこと、
あなたのお世話が出来ないこと・・・
我が子を亡くすという
信じられないほどの苦しみと痛みと辛さの中で
泣かない日は一日もありません。
胸を掻き毟って号泣する日もある。
何故あなたがいないのか、意味が分からないって、
どんなに考えてもあなたが逝ってしまったことが理解できなくて、
毎晩寝る前には苦しくてたまらない。
この辛さ、寂しさ、苦しさは
きっと一生かかっても消えないのだと思います。
私が90歳になってもきっと消えない。
きっと泣いている。
それでもね、良平
お母さんは毎日「笑って」もいるんだよ。
たくさんの友人達が一生懸命心を寄り添わせてくれて。
家族がみんなで助けあって。
お姉ちゃん、兄ちゃん、おじいちゃんおばあちゃんも、
みんなが「笑って」暮らせている。
良平
お母さんたちは不幸じゃないから心配しないでね。
泣いてるけど、辛いけど、苦しいけど
寂しくてたまらないけど、決して不幸じゃない。
強がりじゃないよ。
不幸は、不幸になりたい人にしか訪れない。
あなたの母で幸せ。
お姉ちゃんの母で幸せ。
この家族で幸せ。
友人たちに恵まれて幸せ。
本当だよ。
だからお母さんは毎日「笑って」もいられる。
泣くけど笑える。これでいいんだって思える。
いつかあなたの所へ行ったときに
恥ずかしくない人生を生きるよ。
「お母さん大好き!」
ってまた言ってもらえるように、
しっかり生きるよ。
あなたの元へ行く日が楽しみ。
もう少しばかり先のことだけど、いつかその日が来たら
迷わないように案内してね。
ありがとう良平
ありがとう
ありがとう
ありがとう
百万遍言っても言い足りない
愛してるよ良平
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なお、良平くんの闘病記「僕で良かったんだよ」は書籍になっています。
http://goo.gl/EXDAsP
★ 手紙のフル・バージョンは以下より
http://blog.livedoor.jp/ryouhei0969/archives/51806103.html
監督・父
豪田トモ